もの思いの譜

ここには私が撮影した写真を中心に詩やエッセイを書き込んでいます。

■写真    上野公園あたりの秋

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■写真    上野公園あたりの秋 2020年

■コメント   目が見えないのに写真を撮るということについて。

ひさびさに上野公園あたりの秋の風景2020年です。

目が見えない私が写真を撮ることに対して、「どうやって撮るんですか?」とよく聞

かれますが、たぶん本音は 「見えないのに写真を撮って何が楽しいのだろうか?」

ということだと思います。

私自身も30代で全盲になった当初は写真はもちろん映画も絵画も・見て楽しむことは

もう自分にはできないものとして封印してしまいました。

 しかし2011年に写真家 尾崎大輔氏が主宰する 「視覚障碍者と楽しむ写真教室」

に参加したとき、同行していただいた方の情景説明を聞いて情景をイメージする・そ

してその中で印象的な風景を撮影する。

このとき同行してくれた方が風景写真家だったこともあり、印象的な風景をフレーム

に入れてイメージしてみるというものの見方を教えていただきました。フレームに入

れてみるというのは、それまで何気なく見ていた(見てなかった)ものを部分的に切

り取ってみることでそのイメージは私の脳の中によりわかりやすくより印象的な絵と

して映りました。そしてそれがものごとをより印象的に表現できることでもあると知

りました。

 これまで ものごとは目で見なければ面白くないと思っていたものが、見なくても

イメージすることでも十分に面白いし写真にするならばむしろそのほうがより面白い

のではないだろうかと思うようになりました。

ただやはり周囲の情景や撮影した内容を見ることはできないので、それを言葉で説明

してもらう必要があります。ありがたいことに私の周囲にはそういう人がいっぱいい

ました。

そしてデジカメとパソコンであれば記録した写真データにコメントをつけて保存する

ことができます。このことで私はいつどこでどういう写真を撮りその写真の明暗や構

図や良しあしなども確認できるしどれをプリントするかも自分で選択できます。

これらのことが目の見えない私が写真を撮るだけでなく写真で何かを表現できるので

はないかと思った大きなきっかけになりました。

カメラはレンズの種類はもちろん絞りや露出補正、測光方式の調整で同じ情景でもさ

まざまに違う表現ができます。

目の見えない私が頭で見ている情景をどう表現できるか・・イメージはどこまでも無

限に広がって死ぬまで遊べるおもちゃを手にしたような気がしています。

西尾憲一